20200209ユリシーズ読書会 Wandering Books 『望郷と海』『ある神経病者の手記』

2か月に一度開催されるユリシーズ読書会( https://www.stephens-workshop.com/)後の懇親会の場では、お題に沿って書籍を紹介する「Wandering Books」という企画がある。

2月9日のお題は「記憶や忘却」に類するもので、張り切って選書していたのに見事に持参を忘れた。とりあえず読みかけの本を出したけど(その行為自体が「忘却」というパフォーミングナントカげほっ)、やりきれないので、負け惜しみのように書いてみる。

 

石原吉郎『望郷と海』

学生時代、課題で読んだ書籍。

著者はシベリア抑留を経験した。帰国後、詩人として活動する。そのエッセイ集。

強制収容所ものというとフランクル『夜と霧』が著名だが、「収容所はアウシュヴィッツだけではなく」、もっと言うと、収容所を生む人間性は「特異現象ではない」と認識するためも、本書は読まれるべきだと思う。

収容された人を苛むものは物理的な加害者・支配者だけでなく、記憶と、未来で待ち受けていた期待ともなり得る。加害者が、たれであるかはあやうく、被害者もまた、いや、被害とか加害とかもしかしたらそういう作用の話ですらなく、あー…

この書籍については何をどう語ったらいいかわからないな…

活字として刻まれている文字情報も、このテキストの背後にあるものも、全て私の言語では触れようがない…しかし紹介したい…

ポーランドのあの収容所に対し、シベリア収容所はあまりに認知されてないのではないかと、自分の肌感覚程度の統計でしかないのだが、それでいいのかというモヤモヤした思いがあり、

いやそもそも固有名詞化された件の収容所も所在地をドイツだと誤認している人も自分の周囲では少なくないし、

いやいやそもそもそもそも例えば「学校」についての証言者を一人に代表させようとした場合、良心ある人ならば「一人に語らせることは不可能かつ危険である」とすぐに思い至るように、

「沈黙」こそが最良と知りつつ、沈黙を否定するのも文学。

 

②D.P.シューレーバー『シューレーバー回想録 ある神経病者の手記』

 平凡社ライブラリーで自分は読んだけれど、ほかにもいろいろ翻訳が出ているらしい。

フロイトラカン精神分析を知る上で避けて通れない一冊とのこと。

ただ、私は心理学は何もわからず、フロイトも一冊だけ読んだことがあるけれど精神分析に関する書籍ではなかったし、平凡社版裏表紙にある「真率きわまりない人間の記録として読んでも感銘は深い(略)今日いっそうわれわれの同時代人である」という読み方しかしていない。

平たく言ってしまえば、エリート家庭に生まれて成長期の抑圧やらなんやらで歪んてしまったけれど滅茶苦茶頭のいい人の妄想垂れ流し、である。

とにかく滅茶苦茶頭が良くて文章構成も表現力も申し分ないため、圧倒される。圧倒されるのだけど、妄想。妄想なのだけど、圧倒される。

当時の裁判記録なども付録されているため、彼の同時代における位置づけもなんとなく想像できる。

この書籍を知ってかれこれ10年経つが、いつ読み返しても、私の知性は敗北する。

このような記録さえ学問の礎にしてしまうフロイト凄い…!

と震えながら精神分析の本も買ったのに、絶賛積読。感動にも鮮度がある。