Dear Evan Hansen

昨夏のNY旅行は、ほとんどミュージカル目当ての旅だった。

Wicked、the Book of Mormon、Chicago、the Phantom of the Opera、そしてDear Evan Hansen(以下DEH)。

DEHには話題作だからおまけ程度のつもりだった。英語が格別得意でもないので、内容を理解できるかがまず怪しい。この手のテーマをミュージカルにする必然性もわからない。

 

だがしかし連日立ち見が出る演目にはちゃんと理由がある。奇しくも最後に観た演目でよかった。ミュージカルってこんな作品も作れるんだな。

 

■あらすじ(導入のみ)

主人公エヴァンは母子家庭で対人恐怖症の男子高校生。友人と呼べる人間関係はない。母は昼間は働き、夜間学校に通っている(収入を上げるため)。エヴァンと母の関係はぎすぎすしていて、お互いどうにかしたいと思っているのに、どうにもかみ合わない。エヴァンは最近木登り中に落下して、左手ギプス生活。

エヴァンたちとは対照的な家庭として、マーフィー家が出てくる。息子のコナーはドラッグ中毒。両親は喧嘩ばかりで、妹ゾーイはそんな家族にうんざりと冷めている。コナーはエヴァンと同学年で、ゾーイも同じ高校に通っている。

問題児コナーもエヴァン同様、友達がいない。二人は顔見知り程度の関係。エヴァンはゾーイに片思いをしている。

エヴァンは心療内科で治療を受けていて、「自分で自分に手紙を書く」という課題を与えられている。割と赤裸々な手紙で、ゾーイに恋をしているという内容も盛り込まれている。この手紙が、たまたまコナーに見つかってしまう。コナーは衝動的な少年で、自分の妹に惚れている同学年生に激高し、手紙を持ち去る。そして、コナーはエヴァンの手紙を所有したまま、自殺する。

コナーが所有していた“Dear Evan Hansen”で始まる手紙を、マーフィー夫妻はコナーがエヴァンに向けて書いたものだと勘違いする。コナーに親友がいたことに、マーフィー夫妻は歓喜し、コナーの話を聞かせてほしいと懇願される。エヴァンは誤解を解こうとするが、いかんせん口下手で弱気。夫妻に押し負けて、親友だったフリをしてしまう…

 

ネタバレしていいものかわからないので、導入までで。ただ英語に自信がある人以外は、なるべく全部ストーリーを頭に入れてから観たほうがいいと思います。曲に沿ってストーリーを解説してくれているサイトもあるので、探してみてください。

 

■舞台が日常に延びてくる

多くのミュージカルの醍醐味は踊りだとか、歌だとか、派手な衣装だとか、舞台装置だとか、そいういう非日常性だったりするのに、このミュージカルの見どころはそういうところじゃない。

現代の普通の高校生たちが主人公なので、衣装は普段着。舞台装置も派手さはない。背景はSNSの画面を模したモニター。どれも日常の小道具と既視感がある。

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だからなのか、観終わってからも、ずっと舞台が続いている感覚がある。人と話すとき、通勤途中に修学旅行生の集団を見かけるとき、この舞台の登場人物が浮かんでくる。

 

■音楽

ミュージカルにする必然性はないと思っていたけれど、音楽がなかったら、この作品はこれだけ観られることはなかっただろう。

理由はずばり、黙々と鑑賞することにはしんどい。しんどいものを否定する気は全くないけれど、しんどいばかりでは苦しい。かと言って茶化すのは論外。コメディ化するわけではなく、観る人に届きやすくするための、ミュージカルという手法。この作品の楽曲は旋律が本当に美しい。苦しんでいいし、苦しめることは正常だ。

あと、DEHの楽曲は、技術的にはさほど難易度が高いわけではないので、観客がふとした時に口ずさめる。

 

■演技の良さ

Youtubeの公式動画はオリジナルキャストのBen Plattのものが多い。公式音源もBen。彼は凄く声が美しい…

ただ私が夏に観たときのエヴァンは、Andrew Barth Feldman(17)でした。

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抜擢当初は16歳で、結構ニュースになったらしい。連日上演しているとは思えない緊張感…役者が泣けばつられて泣いてしまう。英語を聞きとれずとも、何が起こっているのかなんとなくわかる。Andrewだけではなく、カンパニー全員素晴らしいパフォーマンス。

あまりにも凄いから、僭越ながらティーン陣のメンタルは現在進行形で心配。はっぴっぴーな話じゃないし…あんなにのめりこんで大丈夫なものなのか。一度配役されたら、週8公演を数年にわたってこなさなきゃいけないのに(※)。

身体も良い。日常の動作、ちょっとした身のこなしに登場人物の性質が表れている。上に貼り付けたBen Plattの動画にも出ているように、関節のぎこちなさ、筋肉がこわばりに、エヴァンの緊張は滲む。改めて動画を鑑賞していると、右手首に特に不安が籠もっているような…胸が詰まる…

役者という人たちはこれでもかと言うほどの訓練で心身を統合させていて、生の身体の威勢を舞台に充満させることに長じた人たちなのに、エヴァンの演技は反対のことを要求している。それでいて嘘くささもない。Andrewのエヴァンもこのぎこちなさをよく表現していたと思う。

※1月から、主演はJordan Fisherに代わっている。そして、Andrewは体力を考慮し、2公演日のマチネには代役がいた。1年という短い期間だったけれど、Andrewは本当に素晴らしかった。ティーンが演じることの迫真性がある。役者業は過酷な世界だろうから、10代で大舞台の主演を経験することの弊害が、いずれ出てきてしまうかもしれないけれど…どうかポジティブに作用しますように。

 

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嘘か本当か、Ben Plattで映画制作中だとか。

本当だったら凄く楽しみ。